『テルメ(THERMAE)での再会』シリーズでお問い合わせいただいている件

DSC_0717.JPG

このシリーズなのですが、2016年07月以来は更新(というか続編)をアップしておらず問い合わせをよく頂いています。
話しも何か“尻切れトンボ”みたいになったまま更新が途絶えて早1年以上が経過してしまっている現状なのですが、申し訳ありませんがこのシリーズはこれで“おしまい”なのです。

と言うのも、このシリーズ記事にはちょっとした明かしていない事がありまして、この記事をアップしようか悩んできましたが、ケジメという大袈裟なモノではありませんが区切りを入れさせていただきたいなと考えています。






実はこのシリーズは私の記事ではなかったのです。
こう書いてしまうと「ゴーストライター」みたいなイメージを与えてしまい、記憶に消えかかっている2014年当時に話題となった佐村河内守氏と新垣隆氏を思い浮かべる方も多いかと。
ただ、私たちの場合はあのお二人とは少し状況が違いまして、強いて言うなら『リハビリ』だったのです。

ゴーストライター役であった彼(A氏)とは10年来お付き合いさせていただいていて、アジアをウロウロする私とは違いA氏はバンコクに根をおろし細々ながらも起業し奮闘されていました。
A氏との出会いは、たまたま一人でタニヤのカラオケで遊んでいた私の席の隣に同じく一人で遊んでいる同年代とおぼしき男性が。
偶然にも隣につけていたお嬢同士も仲良しだったということもあり、すっかり意気投合する2人(といういか4人かな)。

DSC_0773.JPG

それ以来も連絡を取り合い、飲み友達として夜遊びを指南頂いていたり、時には人生の先輩として真面目な相談に乗ってもらったりしていました。
そんなある日、私がブログを始めたこと打ち明けると、A氏から自分がバンコクに流れ着いた経緯を交え自分も記事を書いてみたいと切り出されたのです。

もともとA氏は関東の大学卒業後に西日本の某通信関係の会社へ入社、ここまでは酒を飲みながら何度か聞いていたのですが、何故バンコクへ辿りつき根付いたのか興味はあったものの特に私から聞くことはありませんでした。
当時A氏から切り出された内容は、こんなものでした。

DSC_1168.JPG

多忙だった勤務のせいかいつかしうつ病を発症してしまったA氏、会社を休み勝手になり有給休暇も年度早々に底をつく生活を送っていたそうです。
いつしか家族も彼から離れ田舎に帰ってしまい益々症状に拍車がかかっていた頃に左遷と受け止められる人事異動。
それは暗に会社側が彼に自主退職を促していたとのことですが、A氏はこれまでの技術職からかけ離れた資料整理のような部署に籍を移すことに。
自分の身に降りかかった不幸を受け止めながらも現実を消化しながら勤めていたものの、その頃からA氏にある症状が洗われ始めたのでした。

IMG_1483526372584.jpg

それは「“句読点”症候群」というものらしく、うつ病を患っている人に起こりがちな報告書やSNSなどの文章にやたら「、」やら「。」を無意識に使ってしまうという症状と説明を受けました。
自覚症状は薄いらしいのですが、それを第三者から指摘されると文章が書けなくなってしまうケースもあるようで彼は運悪く“その症状”に陥ってしまい退職を決意する決定打になったとのことでした。
その後、失業保険で生計を立てていた彼は1つのことを思いついたそうです。

DSC_0513.JPG

それは『こんな自分でも日本を離れ日本語から距離を置けば、“再出発”できるかもしれない』というもの。
彼は以前付き合いのあった業者に連絡をとり海外勤務の受け入れ先を探し、たまたまバンコクに拠点を構えたばかりの日系企業に巡りあい現地採用として再出発することにこぎつけたのでした。

その後は、働いていた日系企業の下請けとして会社を立ち上げ社長をやっていたのですが、すっかり当時のうつ病の症状は薄れて行った。
精神的にも財政的にも余裕の出てきたA氏は、徐々に昔のような活性を取り戻し精力溢れる日々を送ることになり、この辺りで私と知り合ったのでした。






しかし当時のA氏にとって解決できていないトラウマ「“句読点”症候群」を克服すべく、彼は私に記事を手掛ける申し入れをしてきたのでした。
ブログに掲載する記事ですから、少々句読点が多くなろうが大きなリスクにはなりません。
記事のテーマを2人で相談し関連画像の提供を受け持つことで同意し、記事アップ前に彼が書き上げた原稿を私が若干添削するというシステム。
私にとっても記事が増えるしA氏とっても良いリハビリになり一石二鳥となるはずでしたが、突然A氏とは連絡がつかなくなったのでした。

DSC_0749.JPG

初めは何処かタイ以外にまた旅行にでも行っているのかなと思いましたが、1か月以上経っても音信不通。
さすがに不審に思い始めた私はA氏を探し始めるのでしたが、元々は「仕事の付き合いのない“飲み友達”の関係」でお互いの詳細は明かしていなかったことを後悔しましたが後の祭り。
頼みの綱の2人が出会ったタニヤのカラオケも閉店していて、当時のお姉さんもとっくの昔にバイバイし連絡先も分からず。

“どこかで会えるかも”としばらくの間はタニヤ界隈を徘徊してみるも願い叶わずだったのですが、呼び込みに誘われ入った店でA氏を知る人物と再会した私なのでした。
その人物は2人で通っていたカラオケの元ママ。
店を転籍しチーママをやっていた彼女はA氏のコトを知っていたのでしたが、事実を知り驚かされた私。

DSC_4911.JPG

彼は既にこの世におらず連絡を取ることはできないと告げられました。
彼女がチーママとして働き始めたこの店にもしばらくは通っていたようでしたが、会社の経営が悪化ししばらく後に自ら命を絶ったと聞かされたのです。

しかし、彼女から言われたことが本当なのかどうか証明する術もありませんし、あれだけ頻繁に連絡を取り合っていたのに1年以上も私には連絡がつかない所から察すると、仮にこの世にいたとしてもA氏に会うことはないのだろうと自分の中では整理しています。

6e71ead3.jpg

私個人としては、また別の国で再々出発を果たし元気でおられることを切に願っていますが、その可能性は低いのかもしれません。
今思えば“自分が何かしてあげられたことはなかったのか”なんてことを思ったりもしますが、所詮私は彼にとって『その程度の存在』だったのでしょうし現実を受け止めるしかありません。

DSCN1551.JPG

少し湿った話になってしまいましたが、以上がこのシリーズ記事の更新が滞っている経緯でして、私としては代わりに続きを書いていく気持ちにはなれないのです。
とは言うものの、いつか続きを書いて送って来るのではないかという期待もあり削除する気もなれないわけでして今に至っている次第です。
この事件をきっかけなのでしょう、以降私はタニヤやシリーズ記事にもなっているテルメ(テーメ)にはなかなか足が向かないのです。






(一連の記事たち)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(1)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(2)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(3)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(4)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(5)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(6)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(7)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(8)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(9)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(10)






【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(11)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(12)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(13)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(14)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(15)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(16)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(17)
【バンコク夜遊び】テルメ(THERMAE)での再会(18)





この記事へのコメント

”元気の源”のために下のランキングボタンのどれかを”ポチッ”としてもらえると嬉しいです。 こんなショボいブログでもランキングに参加しているのです。。。f^^;
リンク先でここよりもずっと面白いブログに出会うと思いますが、きっと帰ってきてくださいね♥

👇👇👇👇👇👇👇👇👇👇



にほんブログ村 トラコミュ アジア旅行情報へ

タイ・ブログランキング
ブログ王ランキングに参加中!